自主制作映画の魅力

自主制作映画の魅力

カメラがフィルムからデジタルへと移行し、家庭用デジタルビデオカメラとパソコンの映像編集ソフトの普及とともに、「映像を作る」ということが、プロフェッショナルにだけ許された行為から、ごく一般的なものへと変化していきました。

そんな時代に生まれた私は、大学生の頃は映画研究部に所属しており、自主制作映画を作っていました。

「大学生が作る自主映画なんて、チープで暗くてインテリぶった自己陶酔入ってて、正視に耐えないような代物なんだろ」と認識されているかと思いますが、まったくもってその通りです。

もちろん大学生でも高レベルな作品を作る人もいるのですが、レベルの差はあれど多くの場合、その根底に流れているのは「カッコイイ映画を作って、カッコつけたい精神」です。下手に知性があるアマチュアが作る作品には、どうしてもその種の嫌ったらしさがつきまとってきます。

なので、大学生の頃は正直、自主映画が面白いものだとはあまり思っていませんでした。

私も社会人になり、自主映画の世界からは自然と離れていきつつあったのですが、ある日、とある漫画家の方が作った自主映画サークルの上映会を観に行く機会がありました。そのサークルはほとんど全員がバンドマンで構成されており、映画を作るのは初めての人ばかりでした。

しかし私はその時、まったくの素人が作った初めての自主制作映画に、心を射抜かれました。技術も構成も拙く、完全なる自己満足には違いない映画ばかりでしたが、彼らの作品はその「自己満足」が格段に突き抜けており、「完全に自分がしたいことをするためだけに作った!」という熱い想いがにじみ出ていました。

そこには、「他人にカッコ良く見られたい」という気持ちはかけらもなく、むしろ「他人には馬鹿だと思われてもいいから、自分の本当にやりたいことをやる」という、自主制作映画にとって一番大事な想いがありました。

これこそが、自主映画がプロフェッショナルが作る劇映画に太刀打ちできる、最強の武器だと確信しました。自分の純粋な欲望を、なりふり構わず実現してみせる熱さは、プロの技術力をも遥かに凌ぐ、強烈な魅力になり得るのだということを、身を以て体験したのです。

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飲み物依存

子供用には毎日、麦茶をわかしている。

パックで水に投げ入れておけば作れるタイプなのだが、なんとなく生水より1度沸騰させた水のほうが安全な気もして、そうしている。

この麦茶を一日1.5リットルサイズで2本は作っているだろう。

それでも追いつかない。他に炭酸系やジュースも時々買って冷蔵庫に補充しておくが、そうするとたちまち子供たちは麦茶を見向きもせず、ひたすらコーラやジュースをがぶ飲みする。

うちは牛乳アレルギーが上の子にあるので、牛乳じたいを飲まない。他に飲み物ではヤクルトを常備しているが、これは朝だけに限定している。高価な「お腹に届く飲むヨーグルト」はマジックペンで「ママ用。のむな!」と書いておく。夫のためのヘルシア茶も「パパのおちゃ!」と書いてある。

なにしろ、育ち盛りの子供というのは本当に喉がかわくみたいで、よく飲む。大人用の飲み物にはマーキングしておかないと、知らぬ間にゴクゴク飲まれているから要注意なのだ。

水を飲ませればいいと思うのだが、水はどうしても嫌だというので麦茶だ。しかし追っ付かなくなると自分でお小遣いでジュース買うぐらい、飲み物好きである。

だから子供が休みに入って家にいると、飲み物消費量もハンパではなく、同時に「コップ洗い」が大変になる。

一応、子供には飲んだらコップを自分で洗い、フキンでふいて元の場所に戻すことと言ってあるが、まあ、その通りにするのは私が側にいて目を光らせているときだけだ。

あんまり文句つけてると面倒くさがって、上の子なぞ1.5リットルのペットボトルからそのまま飲むから、よけいに頭にくる。

家に、子供がいるとまったく余計な仕事が増える。

夏休みにうんざりするのは、子供の世話だけではない、こうしたさまつな子供の行為に苛立つせいだろう。

本当は私も実はコーラが大好きなのである。

子供たちが学校へ行ってる間に、こっそりコーラを買ってきてホットドッグなんかと一緒にランチをする。

いいとも見ながら、ソファにだらしなく座ってヘラヘラ笑っているのが一番の気分転換なのに。

「コーラ飲むとね、歯がとけるんだからね!!!」

などと昔よく母に言われていたこと(ちなみにコレ、嘘らしいですけどね)を叫びながら、「水にしなさいよ、水飲みなさいってば」と追いかける。

ああはやく、夏休み終わらないかな。

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